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笑いの方法 あるいはニコライ・ゴーゴリ 後藤明生・電子書籍コレクション

後藤明生

Quotes List

ごく簡単にいって、わたしは文学青年もいや、かといってまともな受験勉強もいや、という状態だった。そして本気で、何の役にも立たない人間になるには、どういう生き方があるだろうかと考えていた。

誇張ではなく、〈小説とは何か?〉〈笑いとは何か?〉という問いがわたしの内部からきこえてくる度に、わたしは『外套』のことを考えずにはいられなかった。そして、その問いは、この二十年以上の間、ほとんど絶え間なくわたしの耳にきこえ続けていたわけだ。

誇張ではなく、〈小説とは何か?〉〈笑いとは何か?〉という問いがわたしの内部からきこえてくる度に、わたしは『外套』のことを考えずにはいられなかった。そして、その問いは、この二十年以上の間、ほとんど絶え間なくわたしの耳にきこえ続けていたわけだ。

いったいわたしは、いつごろから笑いについて考えはじめたのだろう? たぶんそれはわたしが十九世紀ロシアの作家、ニコライ・ゴーゴリのとりこになって以来であるから、ざっと数えても二十年は前にさかのぼるわけである。わたしはまだ二十歳になるかならないかの若造だった。その若造が二十年を経て四十歳の男となり、その間考え続けてきた笑いについてこれから語ろうというわけである

結局、わたしが考えついたのは、「笑いの罪」と「笑い地獄」という言葉だった。すなわち、笑い過ぎた人間の犯す罪が「笑いの罪」であり、その罪を犯した人間の落ちるところが「笑い地獄」だった。そしてゴーゴリは、生きながら笑い地獄に落ちている人間だったのである。

わたしは小説家になろうとは思わなかった。それは何の役にも立たない人間にかなり近いものではあったが、もう少しとりとめのない、ついに一つの形にはまらなかった二葉亭四迷の生き方の方が気に入っていた。

ごく簡単にいって、わたしは文学青年もいや、かといってまともな受験勉強もいや、という状態だった。そして本気で、何の役にも立たない人間になるには、どういう生き方があるだろうかと考えていた。

『文学あるいは笑い』は、文学を考えることはすなわち笑いを考えることであり、笑いについて考えてゆけばすなわち文学について考えることになってしまう、という意味である。

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